2007年12月15日

雪女房 第一回

第一回

とにかく天井の蛍光灯がまぶしすぎた。
眼が覚めてからどのぐらいたつのか。
ここは………。
想像を絶する吹雪がすべてを閉ざして………。
千切れそうな耳に、虎落笛 (もがりぶえ/註一)が、残響しいつまでも聞こえている。

まぶしさに堪えかねて、眼をそらした。
蛍光灯の強い光が残像をよびさます。
ところどころ筋交(すじか)いや、竹小舞 (たけこまい/註二)がむきだしになっていた。あれは、廃屋だ。
ふかい雪にうずもれていた。
時がぴったりと止まったまま、数十年、いや、数百年。
ゆっくりと、本当にゆっくりと果てもなく朽ちつづけていくのだろう。
そこで、確かに生きて、暮らして、死んだ、自分が………家族がいた。
爺、婆、女房も、おおぜいの子供たちがいた。
年中、泣いて笑って、ケンカが絶えず、あんなに賑やかだった。

だが、時の流れは、やはり遠く過ぎ去ったのだろうか?

身も心もこごえ、自分が自分からだんだん遠くなって、そこにいたのは年老いた自分。
あぁ、自分は、自分は、いったい何処にいるのか、何処に行ってしまったのか?
ここにいる自分は、自分なのか?
たった一人の自分なのか?
寂寥だけがあふれて、風にからみ、鬱蒼とした屋敷林へすいこまれていく。
自分は、自分とはいったい、濃い霧が、いや靄が底知れぬ谷底からわき………、
幾重にも織り重なる山肌をはって、自分を連れ去っていったのか?
何も見えない、何もわからない。
触れることもできない実感というものが、これほどあやふやで、あいまいに溶けていく。
さえぎられ、拒絶され、突き放され、見失ったものを、いまさら探している。
躰が重すぎる。
口も喉もからからだ。
こびりつく頭痛が波打つように寄せてはかえす。

再び眼をあけてみる。
天井の青白い蛍光灯の光が、矢のように意識の深いところを射抜いていく。
上半身を起こしてみた。
関節がきしむように痛む。
力を入れるべきところに、思うように入らない。
ベッドから足を下ろし立ち上がってみる。
かろうじてバランスが取れた。
洗面台まで数歩。右足を一歩前へ出す。
重心がびみょうにぶれておぼつかない。
何とか洗面台の前に立った。

鏡の中の〟影〝は誰だろう?
ここには他に誰もいない。
〟影〝が、私なのだろうか? 
白髪の頭。
落ち窪んだ眼。
頬はこけて肌荒れが目立つ。
ここはどこだろう?
なぜ、こんなところに………。
(分からない………) 
考えれば考えるほどどうどう巡りで、糸口すら見えてこない。
無為の時間ばかりが過ぎていく。
 白い壁と天井は、少し黄ばんだところや、黒い染みもある。
そこにただ、無機質な空気が満ちている。
呼吸のたびに、薬品や、すえたような洗剤のかすかな臭いがしてくる。
 私は再びおぼつかない足取りで、ベッドにもどり投げ出すように体を横たえた。


註一 もがり‐ぶえ【虎落笛】
冬の烈風が柵・竹垣などに吹きつけて、笛のような音を発するのをいう。季語〓冬
註二 たけこまい【竹小舞】
 竹小舞とは、土壁に使用する下地に使う細い竹のこと。
  


Posted by ほんねず at 15:29Comments(0)とんと草紙(小説風民話)